2014.04.吉日~第85回愛媛中央メーデー大会に当たって

 ご承知のとおり、メーデーの始まりは1886年5月1日アメリカのシカゴで「8時間労働制」を要求するデモを行ったことが起源とされています。1日12時間14時間労働が当たり前だった当事「8時間は仕事、8時間は休息、残りの8時間は好きなことに使わせろ」というものでした。

DSC_0017 そして、日本では1920年5月2日(日)に東京の上野公園に1万人の労働者が結集して、第1回のメーデーが開催されています。ここでは「8時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金制度の制定」が訴えられ、今年が85回目ということになります。

 今年は2014年ですから、算数に強い人は、「あれれ」とお気づきでしょうが、1936年の226事件から1945年の終戦まで10年間、開催が禁止されたからです。

 そしてこの間1952年には多数の死傷者を出した、いわゆる「血のメーデー」もございました。

 128年前、シカゴで要求された「8時間労働制」も、94年前、上野公園での「最低賃金制度」も、今、日本ではキチンと法制化されています。先人たちが自らの血を流し、勝ち取ってきた労働諸条件は、決して空気のような存在ではありません。日々確認し、磨き上げて、後世に繋いでいかなければなりません。

 

 ところが、今、時の政府は先人たちの血と汗の結晶ともいうべき「8時間労働制」を崩壊させようとしています。いわゆる「ホワイトカラー・イグゼンプション」です。一定年収以上のものは「8時間を超えて働かせても残業代を払わなくていい」という、まさに長時間労働を誘発し過労死につながりかねない危険極まりない制度の導入を模索しています。そして今度は労働者が合意すれば年収要件も外すとまで言っています。加えてお金さえ支払えば働く人をクビにできる「解雇の金銭解決」制度の導入も検討しています。

 そして、わずか5年前に社会問題化した「派遣切り」や「年越し派遣村」を引き起こした「労働者派遣法」を更に改悪し、本来「臨時的・一時的働き方」だったはずの派遣労働を永続的に受け入れ可能としようとしています。まさに「“生涯”ハケンで”低賃金“」の世界を作り出そうとしているのです。

 私たちは、労基法など労働者保護ルールは、「働く者が人たるに値する生活を営むための最低限のルールであり、経済的規制と同列で議論すべき筋合いのものではない」と全国の多くの仲間と「STOP THE格差社会!暮らしの底上げ実現キャンペーン」を展開し強く訴えているところです。

 

 前述したように、日本における第1回目のメーデーは1920年の上野公園です。そしてその主催者で司会を務めたのは「友愛会」の創始者で日本労働界の草分けである鈴木文治先生でした。実は、鈴木先生の遺墨が我が連合愛媛の事務局に寄贈されています。

 この遺墨は第1回メーデーから5年後の1925年(大正14年)9月20日に今治労働組合主催の国際労働会議報告演説会に訪れた際に揮毫されたもので、複数の先輩労働活動家を介する中で、2000年の連合愛媛結成10周年を記念し寄贈されたものです。

 書には漢字4文字で「至大至彊」とあり、至るは「これ以上はない」という意味ですから、「国民の絶対多数を占める労働者の団結は、この上なく崇高なものであり、最も強大な力である」だから「国を動かし、平和な世の中を作り、働く者の地位を向上させるのは、労働者の団結があってこそである」という意味のようです。

 

 私たち連合愛媛は、今年で結成25年を迎えます。「すべての働く者の幸せの実現のために力を結集する」という、連合結成の原点を忘れずに、積極的な大衆運動を展開し、時代を切りひらいていく所存でございます。

 

 

 私自身、本年第85回のメーデーが会長として初めての舞台となります。年に1度くらいは、血と汗を流し今日ある労働条件を勝ち取ってくれた諸先輩方に思いを馳せてもいいのかなと。。。前述のような歴史などを織り込みながら訴えさせて頂こうと思います。

 

2014年4月吉日

連合愛媛 会長 杉本宗之

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連合は全国約700万人、その地方組織47の1つ連合愛媛は、約4万人の仲間の組織です。加盟産業別労働組合は30組織です。

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